私が高校生になるまでに、6回の引越しを経験しました。
6回というのはアバウトな回数で、エリア内の小さな移動も含めれば8回くらいになります。
もはや何回も引越しし過ぎて正しいカウントがわからない状態ですが、そのおかげで母は引越しのプロになりました。
これだけ転勤が多かったのは、父が銀行員で様々な場所に支店があったからです。
父はまだ30代で異動も多い時期だったのでしょう。
そのたびに青森、北海道、岩手、宮城、など都道府県をまたいで大規模な引越しを経験しました。
そのときに一番働いていたのは母です。
父は仕事と送迎会のために夜遅くにしか帰ってきませんでしたし、姉と私の2人には学校がありました。
子どもが手伝っても大して役に立たず、逆に足手まといになってしまう可能性が高かったですが、今思えば母一人にかなりの重労働をさせていたのだと思います。
母は、家の中の荷物を全て一人で段ボール箱に入れて、家具の解体までこなしました。
もちろんゴミも大量に出てくるわけでしたから、それを捨てに行ったり、家具を移動させた後の床を掃除したりといったことで朝早くから夜遅くまで動き回っていました。
無理にやっているのではと思っていましたが、実際に母に聞いてみると「引越しになるとやる気スイッチが入った」そうなのです。
普段もしっかり家事をこなす母でしたが、確かに転勤のときには余計にやる気が出ていたように思います。
段ボール箱に荷物を詰めると、後は段ボールに何が入っているのかを油性マジックで書き込んでいくのが恒例行事でした。
段ボール箱はもったいないので、前回使ったものを再利用しまくっていました。
何度も油性マジックで書き直しているうちに、いったい何が入っているのかわからないような状態になりました。
お皿などガラス製品で取り扱い注意なものには赤い油性マジックで書き込みして、通常のものは黒い油性マジックで書き込んでいました。
この作業は子どもでも出来たので、姉と私が協力して学校帰りにやったこともあります。
ただし、子どもですから遊び心がわいて箱にお絵描きして遊んでばかりで、ほとんど母の役には立っていなかったと思います。
父は父で送迎会で毎晩午前様で帰ってきて、ほとんど荷物詰めは母の仕事でした。
最初はなんでもかんでも持って行っていましたが、年齢が高くなるうちに母は勝手にいらなくなりそうな私のおもちゃを捨てるようになりました。
ぬいぐるみ、ビー玉のおもちゃ、などなど勝手に捨てられたものは多々あります。
私にはどれも宝物だったわけですが、どれもかさばるし、年齢が上がればいらなくなるということでどんどん捨てられました。
そのときはひどいと思いましたが、今思えば母がああして仕分けして捨てていなければ、私の部屋はものが溢れかえった状態になっていたのだと思います。
4人家族の荷物で4tトラックを借りてやっとという状態でした。
特にかさばったのは、姉の本、父の本とパソコン、サイドボードです。
姉と父は本が大好きで、大量に持っていました。
父はほとんど読まない百科事典まで持っていて、これが毎回移動するのを大変にしていました。
最大の荷物がサイドボードで、横に広く巨大で、しかも重いので大人が6人がかりで持ってやっと動かせるような存在でした。
母が中のものを入れ終わって、引越し業者のお兄さんとおじさんが当日に来て、トラックに乗せるというのが定番でした。
毎回、転勤のたびに同じ社宅の人たちが手伝ってくれたのは、とてもありがたかったです。
社宅ということで父の同僚が多く、若い人は重いものを持つ、その奥さんは掃除を手伝ってくれるという感じでした。
母は掃除もすべてこなし、入った当初よりも出て行くときのほうがピカピカでした。
これにはさすがと思いました。
今では断捨離という言葉がありますが、母が移動のたびに断捨離をしてくれていたからこそ、家がすっきりして無事に毎回転勤できていたのだと思います。
私と姉がやったことと言えば、業者の人への差し入れのジュースやお菓子を買ってきたくらいです。
今ではそういうことに気を使わないというケースも多いようですが、当時は必ず業者に差し入れする時間が設けられていました。
特に利用していた業者が父の銀行と契約していたからのようです。
姉と私は、転勤のたびに環境が変わりましたがあまり文句を言ったことはありません。
一度だけ北海道から岩手県に移動するときに姉が泣きましたが、それ以外では毎回転勤を楽しみにしていました。
転勤発表の時期になると、母がとる電話の声に耳をすませたり、ファックス用紙を興味深く眺めていたものです。
最近では父が単身赴任しているので、転勤はしていません。
母はたまに異動がないと寂しいと言っていることもあります。
これだけの回数を重ねて、もはや転勤が当たり前の習慣として身についてしまったようです。
やはり、回数を重ねるとプロになれるものなのですね。